Sunday, March 11, 2012

震災から1年

東北の地震から1年がたちました。

昨日の夜、日本時間の3月11日午後2時46分、こちらの時間の3月10日午後9時46分に亡くなられた方々のご冥福を祈る為の黙祷をささげる為にEncinitasのビーチにたくさんの日本人が集まりました。


ボーイズはキャンプファイヤーの周りでマシュマロを焼いて頂きました。




9時46分から1分間、集まったみんなで手を繋ぎ黙祷をしました。


私は縁あってアメリカに住んでいますが、日本国籍を捨てられず、ボーイズにも彼らは日本人だと言う事を常に言っています。

地震が起きたあの日は、たまたま見ていたニュースで地震さらには津波の衝撃的な映像を見て知りました。日本の家族となかなか連絡が取れず、連絡が取れた後も日本の状況が良く分からず不安になりました。被災をしていない私がこれだけ不安になるのだから、避難している人たち、家族を亡くした人たち、大きい地震を体験した子供たちは・・・と考えると、何となく眠りの浅い日が続きました。さらに、夏には帰らないと言う決断をしました。

そんな時に、窓を開けて車で出かけていた際、遠くからアスファルトの匂いがしてきました。私の実家は舗装の仕事をしています。小さいときからアスファルトの匂いの中にいたのでしょう。車に乗っていてもアスファルトの匂いだ・・・とは気にもしていなかったのですが、匂いをかいだとたん突然、ぶわぁっと涙が出てきました。アスファルトの匂いで張り詰めていた糸がぷちっと切れた瞬間でした。車を脇に寄せて落ち着くまでじっとしていたのを思い出します。改めて、私は日本人で、日本が大好きだと言うことを実感しました。

まだまだ、復興には時間がかかりそうですが、日本の皆さん、被災した皆さん、こちらからも応援し祈っています。早く、温かい春が来ますように。

2 comments:

mey said...

どこにいようと、どんな形であろうと、ある意味みんな被災者なのかなぁと思います。連絡がとれない程、不安なものはないですよね。3、11の時、子ども達はお昼寝中でした。パジャマ姿で寒空の中、避難した事を覚えています。一番遅い方のお迎え時間、次の日の朝4:20です。ずっと、歩いていたらしいです。
アメリカに住んでいると、日本で何かあった時は本当に心配ですよね。みんなの明るさが戻るような日本になりますように。

kaokiki said...

meyさん、

私の友人も何時間も子供の保育園へ歩いたと言っていました。
今でも思うのは、見えない所にすんでいる者と実際にそこにいる人の温度差です。9.11のときもカリフォルニアにいたのですが、きっと当時の私の家族は今の私のような気持ちだったのでしょう。カリフォルニアとニューヨーク、かなり離れているのにかなり心配していたようでした。
そうですね、早くみんなの明るさが戻ると良いですね。